別子銅山:東平(とうなる)

端出場から車で30〜40分、山の奥に入ったところにある東平地区。観光地という雰囲気ではなく、繁栄の記憶を伝える廃虚の公園のような場所。私は興味深かったのだが...

東平

標高750mの山中にある東平地区は、大正5年(1916年)から昭和5年(1930年)までの間、別子鉱山の採鉱本部が置かれ、社宅・小学校・劇場・接待館が建てられるなど、昭和43年に休止するまで町として大変な賑わいをみせていた場所。現在この跡地は再整備され展示施設と産業遺跡があるのみで、静寂そのもの。

東平索道停車場跡

明治38年ころに建設されたと思われる東平と端出場を結ぶ索道の跡。

この索道は鉱石運搬から日用生活品までを運んでいた主要輸送機関。鉱石は隣接する貯鉱庫から搬器に移され、端出場へと運ばれていた。

東平貯鉱庫跡

索道停車場の脇にある「貯鉱庫」跡

旧インクライン

端出場から索道で東平へと運ばれてきた物資は、インクライン(傾斜面を走る軌道)を通じて荷揚げされた。ただし現在は再整備され、このように階段になっていました。

東平歴史資料館

ここでは鉱山の町として賑わった東平の往時の生活文化や別子銅山のビデオ映像を大きなスクリーンで見ることができます。


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繁栄の記憶を伝える遺跡 東平

訪れる人もそういないでしょうから、ほんとうに山奥の静寂に包まれた場所です。私の記憶に残っているのは、産業遺跡のくすんだ色と、鮮やかな緑

秋よりも、遺跡の茶とのコントラストの美しい新緑のころが良いかもしれません。「繁栄の記憶を伝える遺跡」、その実物を見てみたいという方にお勧めします。